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恐怖の長距離バスの旅

過日、バンコクから早朝6時30分にチェンマイに到着する「長距離エアコン・バス」なるものに乗ってみた。
バスは「VIP」というだけあってなかなか豪華なリムジン風で、座席はリクライニング、フットレストまで付いている。
料金は745バーツ(約2200円)。
乗客は30席の車内に白人カップル、タイ人の夫婦、母娘、一人旅が4人で私を含め11人だったが、出発した時に季節外れの雨が降り出した。
以前からタイの長距離バスは「走る棺桶」との異名があるほど事故がやたらと多く、たくさんの人命が失われているので「大丈夫かな・・・」と心配になった。

間もなくちょっと可愛いバスガイドが「薄手の毛布、ペットボトルの水、お菓子、冷やしたウェットティッシュ、缶コーラ」を配ってくれ、前方に備えられたテレビからDVDの映画が始まった。
「ほう、これで2時間楽しんでから眠りにつけば起きた頃にはチェンマイに着いているだろう」と考えていると、映画のオープニングが何だか妙な雰囲気なのである。
恋人の部屋を訪ねた若い女が見たものは他の女と恋人との熱いベッドシーン。
大雨の中をずぶ濡れになりながら号泣し歩く女と追いかける恋人・・・。

その後、シーンが変わると1台のワゴン車に二人を含む7人の乗客が乗っていて皆、顔見知りのようである。
昼夜を問わず延々と走り続けるワゴン車。
「彼らも旅行かな?我々と同じだな・・・」。
その時である! ワゴン車を運転する若者が居眠りしている。しかも対向車は長距離トラックで運転手は酒らしき飲み物をぐいぐいやっている。

・・・「おいおい、まじかよ」と思いきや、キキー!ギャー!ドッカ〜ン!!・・・画面の不気味な静けさに一瞬自分が乗っているバスが事故を起こしたのかと錯覚さえ起こした。
この映画のタイトルは、何と「ナロック(地獄)」というタイ映画で、制作プロダクションの男女7人のスタッフがロケハンに出かけ交通事故に遭い、生死の境を彷徨いながらあの世での裁きを体験する羽目におちいるという話だ。
現世での罪(親不幸、飲酒による妻子への暴力、淫行など)によりまさに地獄の責め苦を負う7人。
「血の池地獄」や「頭にカンヌキ」、「どろどろに溶かした鉄を口に流し込む」、「全身に針を通す」、「首・手足をもがれる」といった日本でもおなじみの地獄絵図が延々と続いている。

我々のバスは外の豪雨と車内の冷房が効きすぎているため、まるで冷蔵庫の中。
そのうえ照明が落とされた暗闇のせいで「気分はまさに映画の登場人物」。
よりによってバスで移動中にこんな映画をやるとは、日本では絶対にあり得ない。
しかも深夜に。と一瞬思ったが「いや、ここは日本ではない、タイなんだ」と思い直し、周囲を見回すと乗客全員が毛布を頭からかぶって寝ており、唯一バスガイド嬢が一人、これも毛布から目だけを出して怖そうに視ていた。

「何、これひょっとして彼女の眠気覚まし、それとも趣味?」。
まぁ、いいか。そんなことをいちいち考えていたら、とてもこのタイなどには住めないとなと思いながら眠るに入った。
目が覚めたら、ちょうどバスは早朝のチェンマイ・バスターミナルに入って行くところだった。
冷蔵庫並みの車内の寒さに風邪をひき「ゴホン、ゴホン」やりながら降り立ち、外の少し暖かめの空気にふれた乗客の顔に表れた安堵の顔に、私も心からほっとした。 

でも何故誰も「寒すぎると」と苦情を申し出ないのかな?。
まぁ、いいいかタイなのだから。

写真・文: 城戸可路